CHIRIandAKUTA’s diary

この世の塵芥みたいな自分の徒然草的日記

橋田壽賀子さん著「安楽死で死なせてください」について

ブログをぼちぼち更新。

今日は珍しく本について。

 

最近、橋田壽賀子さんの「安楽死で死なせてください」という新書を読んだ。

まだ新しい本だからか、結構世間でも反響はあるようで、本屋さんでも平積みされている。

 

途中までの感想はTwitterにあげたのだが、なかなかRTやらいいね!されていてびっくり。

 

と、この2章あたりまでは「"あの"橋田壽賀子さんが、安楽死について前向きに考えていらっしゃる! しかも、命の捉え方は人それぞれだともおっしゃっている! すげえ……」と感動まで覚えていたのですが、最終的には「ほーん」「ふーん」と言った浅い感想に変わってしまった。

 

というのも、ネタバレ?になるかもしれないが

 

 

 

 

 

 

結局のところ、橋田壽賀子さんが考えてらっしゃるのは、「もっと年老いて、人に迷惑をかけるような状態になったらば、或いはなる前に、私は安楽死で死なせてほしい」ということだ、と私は思ったからだ。

つまりは、結局今の日本のトップの思考と同じく、老人を対象に考えていらして、若者は何があっても決して死ぬんじゃねぇぞ!ということのようで。

 

実際、巻末辺りに読者というか、ファンからの手紙に答えるという形で、安楽死への考え方を述べていらっしゃるのだが、40代くらいの方が「安楽死も考えている」と言った投稿をされているのに対し、ばっさりと「あなたはまだ若すぎる! ダメよ!」といった答えをされていた。

 

しかし、この主張に私は何となく違和感を覚える。

橋田壽賀子さんは「人に迷惑をかけるようになったら」「人に迷惑をかけたくない」から、今は安楽死を望んでいらっしゃるのだが、私だって安楽死や自殺を考えるほど、本当に「人に迷惑をかけている」という自覚がある。だからこそ、生きることは辛い。

「人に迷惑をかけている」から、自分の存在を、出来るなら楽に消してしまいたい。

そこに、その生きていきたくない気持ちに年齢や、(言い方は悪いが)死期は関係あるのだろうか?

そして、精神的な理由が弾かれるのは何故なのか?

多分私は相当頭が悪いので、この本を読んで、結局こんな疑問を持ってしまったし、世間でも注目され始めたホットな話題だけに、少しガッカリしてしまったのだ。

 

しかし、それこそ意見や思想は人の数と同じくらい沢山あるものだろうから、否定したいわけではない。

ただ、いつの日か、精神的苦痛に苦しんで最終的には自殺を選んでしまう若者や中年者に、「安楽死という手段も選べるんだよ」という心の支えができてほしいと、またそれを願う声がどこかから聞こえてきて欲しいと思う。

 

おわり。

 

 

安楽死で死なせて下さい (文春新書)
 

 

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